先日著者の「働くおっぱい」というエッセーを読みました。小説も書いており、本書は野間文芸新人賞候補となり、文筆家としても高い評価を得ているということを知ったこともあり、KindleUnlimitedにあったので、すかさす手にとってみました。
70歳の畠山富雄は、6年前に妻・喜美代を亡くし、定年後は夫婦で田舎暮らしを望んでいたが、一人息子・賢治の勧めで二世帯住宅に住むことになった。
同じ敷地に息子夫婦(嫁の里香)と孫の静香が暮らす「理想的な」環境のはずだが、交流はほとんどなく、富雄は深い孤独を抱えていた。
日常は空虚。ゆっくり買い物をして時間を潰し、家に帰ればソファで真っ黒いテレビ画面を眺める。最近は目に「油を塗ったように」世界がぼんやりと霞んで見える症状に悩まされるが、眼科では異常なしとされ、点眼薬を出されるか精神科を勧められる始末。
原因不明の不調と、息子一家との微妙なわだかまり、亡き妻への想いが重なり、富雄は悶々とする。孤独と性欲を埋めるように、彼は自室でアダルト雑誌を買い、付録のDVDで自慰行為を繰り返す。出会い系や結婚相談の広告を見ても心は動かないが、身体の欲求だけが残る。
そんな折、学生時代に短歌サークルで知り合い、一度だけ肉体関係を持った女性・高坂文江と再会する。文江も夫を亡くしており、二人は再び関係を深めていく。
公園を歩く場面で、文江が鉄棒を軽やかに回る姿を富雄が見つめるなど、印象的なシーンが描かれます。文江は富雄を「トミー」と呼び、西行の歌を引き合いに出しながら死生観を語ります。
物語は富雄の視点を中心に、亡き妻・喜美代、息子・賢治、嫁・里香、孫・静香といった周囲の女性たちの姿も浮かび上がらせています。性別役割や家族の「らしさ」への抑圧、老いゆく身体と変わらぬ欲望の乖離、孤独と再生がテーマといった感じでしょうか。
富雄の視界に現れる「黒い貝」のような幻覚的・象徴的な描写もあり、ラストは登場人物たちのその後を想像させ、濾過されたような多幸感や不穏さを残す終わり方になっておりました。
著者は「えろ屋」を自称とするAV女優です。前書のエッセーでもとても文才を感じましたが、それは小説でもなかなかです。老人の孤独と性欲をここまで赤裸々に描けるのかと、非常に驚いたのが第一印象です。
70歳の富雄が二世帯住宅で抱える虚しさ、自慰に逃げる姿、亡き妻や再会した女性との関係が、年齢を超えた人間の欲望と役割の抑圧を浮かび上がらせてくれる内容でございました。
自分は70歳まで、まだまだ先のような気がしますが、「もし妻に先立たれるようなことになったらどうなるのか?」そんなことを非常に考えさせてくれる本書でありました。
8月8冊目_2026年140冊目