ドリーム・ハラスメント 「夢」で若者を追い詰める大人たち / 高部大問

 夢を持て。夢に向かって。そんな「夢」について、なんとなく「夢」がないことは悪いこと。そんな思想を植え付けられている、そんな教育が日本には存在する。

 本書はそんな日本社会で若者に対して「夢を持て」と過剰に強要する現象を「ドリーム・ハラスメント(ドリハラ)」と名付け、批判的に分析した内容です。

 著者は大学職員としてキャリア支援に携わり、1万人以上の若者と接した経験から、夢を持てない・語れない若者が罪悪感や劣等感に苛まれ、逆に夢を掲げて頑張る若者も燃え尽きや搾取の被害を受けやすい実態を、多数のインタビューや文献を通じて明らかにしています。

 夢は「後付けの物語」。大人たちが語る成功談は事後的に意味づけされたものであり、それを若者にそのまま押し付ける行為は一種の暴力だという。

 また、夢を「職業」として画一的に解釈する風潮が強く、地元で家族と静かに暮らすといったささやかな願いは認められにくい異常な社会構造を問題視しています。

 加害者となるのは、教師や保護者、キャリア支援者といった「悪意なき共犯者」たちだという。善意から「夢を持て」と言い続けるが、制度やマニュアルに縛られ、無自覚にハラスメントをしている。

 夢を語れない若者は「意欲がない」とレッテルを貼られ、夢を語れる若者は過剰な期待を背負わされ、結果としてどちらも傷つきやすい状況を生み出す。

 夢を持てない人は自己否定に陥り、夢を持った人は実現のプレッシャーや挫折で苦しむ。夢を語る能力自体が「スペック」化され、正解を忖度する力や個性をねじ曲げるような選別が進行していると指摘。

 解決策として、著者は夢を「持つべきもの」ではなく「あってもなくてもよいし、変わってもよい」と位置づけ。小さな興味や成功体験を積み重ねる「加算型」のキャリアを肯定し、「夢を持たない生き方」も尊重すべきだと主張しています。

 大人たちには夢を強要するのではなく、若者の言葉にならないモヤモヤに耳を傾ける姿勢が求められるとしています。

 本書では「夢は善」という絶対視を根本から問い直し、教育・就活・社会全体に根付いたタブーをえぐっています。

 夢がない自分を責めてしまう若者や、無意識にドリハラをしがちな大人にとって、大きな気づきを与える内容です。

 私自身、夢は一体何なのか。そんなことを考えることがある。自己啓発系の本など読むと夢を持たないとだめだとそんなことを書いている本がある。明確な自分の「夢といえるモノ」は「ピンピンコロリ」くらいだろうか。

 私事ですが・・・先週末から尿管結石の治療で入院を数日しました。(笑) 人生、5回目の入院でしたが、やはり再確認出来たことがあります。「病院で人生を終えるのはイヤだ。(笑)」

 私は経営者だし、まぁまぁ自己啓発系の本を読んでいるので「夢を持つ」ことの大事さはわかっていますが、本書を読んで、あえて夢は「ピンピンコロリ」にしよう。そんなことを思わせてくれる本書でありました。

 80歳くらいで、周りから「80のワリには元気ですね。若いですね。」そんなことを言われながら酒を飲んで、朝には冷たくなっている。そんなことを私の夢にしようと思います。(笑)

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