新妻の手記 / 豊島与志雄

 ちょっと前に、「追憶の美女 日本海篇 / 霧原一輝」という、官能小説を読んだ。あまりにおもしろかったので、なにか次のを読もう。そう思い、それらしいのを見つけたので早速読んでみましたが、ぜんぜんいやらしいことは無く、純文学でございました。

 せっかくなのでWikiで、作者、豊島与志雄について調べてみました。

 東京帝大在学中の1914年(大正3年)に、芥川龍之介、菊池寛、久米正雄らと第3次『新思潮』を刊行し、その創刊号に処女作となる「湖水と彼等」を寄稿し注目される。

 1917年(大正6年)、生活のため、新潮社に中村武羅夫を訪ねて仕事を貰ったのが、『レ・ミゼラブル』の翻訳であった。これがベストセラーになり、大金を得た。

 太宰治は、晩年に豊島与志雄を最も尊敬し、山崎富栄を伴って度々本郷の豊島の自宅を訪れては酒を酌み交わしていた。豊島も太宰の気持ちを受け入れ、その親交は太宰が亡くなるまで続いた。

 最後の訪問は自殺の2か月前の1948年4月25日で、太宰は珍しく「愚痴を聞いて下さい」と言った(ただし結局、愚痴をこぼすことはなかった)という。太宰の葬儀に際しては葬儀委員長を務めている。

 私は全く知りませんでしたが、とても有名な文豪らしいです。そんなことも知らず、どうもすいませんでした。(笑)物語は、こんな感じです。

 戦後間もない昭和の家庭に生きる新妻・美津子の内面的な葛藤が語られた内容になっています。見合い結婚で夫の家に嫁いだ美津子は、最初は夢のような新婚生活を送る。

 しかし、夫と義母との三人家族の中で、徐々に自分の「地位」がぼんやりしてきます。義母は家事を長年一人で切り回してきた気力あふれる女性で、優しく親切に接してくれるが、それが次第に美津子を「女中」のような位置に置いていることに気づきます。

 翻訳の仕事に挑戦しようとする美津子を義母は励ますが、それは義母自身の若き日の夢の代行の強制のようにも感じられます。

 一方、夫は文学などに関心が薄く、家庭の主婦は家事第一と諭します。洗濯の許可を義母に求めたり、買い物の相談をしたりする日常の中で、美津子は「一家の主婦」としての自主性が奪われていることに愕然とします。月千円の小遣い、細かな家事の作法、すべてが義母の管理下にあり、彼女は「女中」として機能しているだけだった。というようなお話でございました。

 義母の「優しさ」は決して悪意ではなく、むしろ自然な支配だと感じられます。戦後の復興期、伝統的な大家族の慣習の中で、女性の役割がどう固定されやすいかを静かに、しかし鋭く描かれています。

 現代の私たちは、個人の自立が重視される時代ですが、当時の女性の息苦しさや「家庭」という名の囲いが、とても息苦しく、辛いものであったと、そんなことを考えさせられた内容でございました。


 もし、本書のような境遇を、私の妻に与えたら1ヶ月も経たないうちに逃げ出したことでしょう。(笑)

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