初体験の著者。前作「映画を早送りで観る人たち」の続編という位置づけらしいので、引用もたくさんあり。そっちから読めばよかったかと思いましたが、それはそれで後で読んでみましょう。(笑)
現代におけるテキスト消費の大きな変化を、Z世代を中心とした若者へのグループインタビューや、関係者取材を通じて描いたルポルタージュになっています。
最大の主張は、「本を読めなくなった」のは個人の能力不足や努力不足ではなく、情報環境、経済状況、価値観の構造的な変化による必然的な結果だという。「活字バナレ」と、よくいわれるが、スマホのSNSやニュースなど、これほど活字に触れている時代はなかったという。
情報取得の形態が根本的に変わった点を強調しています。かつては能動的に探しに行っていたニュースが、今はLINEやXのタイムラインに受動的に「流れ着く」ものになった。
若者の多くはニュースは日常的に接するが、本は読まない。無料ウェブメディアのクリック至上主義による質の低下も背景にあり、テキスト全体の価値が壊れてきているという。
インタビューで浮かび上がる、若者たちの本音は非常に具体的です。「長い文章はChatGPTが要約してくれるので本を読む必要はない」「動画の方が楽」「ながら読みができないから本はコスパが悪い」「村上春樹の小説を10ページで挫折した」など、読書は集中力を要し、倍速視聴可能な動画に比べてタイパが悪いと合理的に判断されているようです。
彼らは「わかりみ」(即時的な共感や役立ち)を強く求め、遠回りな「おもしろみ」や深い思索を楽しむ余裕を失いつつある。日本人の6割以上が月1冊も本を読まない時代に、まとまった長文を読む力は一部の特殊技能になりつつあるという。
三宅香帆さんの「なぜ働いていると本が読めなくなるのか」に、こんなことが書いているのを思い出した。
インターネットで調べるのが当たり前になった現在は「情報」はすぐ手に入れることが出来る。それも必要な情報だけ。読書は「情報」に加えて「ノイズ」があるのだという。しかし、その「ノイズ」が結びつくことで「知識が知恵に変わる」のだという。
本書でいう「わかりみ」「おもしろみ」が、三宅香帆さんのいう「情報」「知恵」。本書にも三宅香帆さんの本の引用がだいぶ利用されていましたが、こうやって本と本とが繋がる感じって、読書あるあるの中でも嬉しいものです。(笑)
ワタシの読書は、オーディブルや、Kindleの読み上げが標準ですが、紙の本もあれば読むし、Kindleも普通に読んだりするし、そんなに苦ではありません。「長文を読む力は一部の特殊技能になりつつある」ということなので、少し自信を持ちたいと思います。(笑)
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