小川糸さんの小説はいくつか読んでいますが、本書はエッセイ集です。デビュー10年目の節目に、著者の素顔を赤裸々に綴った一冊といった感じでしょうか。本書の中心は、著者がたどり着いたベルリンでの生活を中心に綴られています。
日本とベルリンを行き来する日々の中で、ドイツのゆったりとした時間の流れや人々の余裕ある暮らしに触れ、幸せの尺度が静かに変化していく様子。例えば、日曜日の静けさ(お店が閉まり、皆が家でゆっくり過ごす習慣)、冬の厳しさやクリスマスシーズンの落ち着き、犬の税金などのドイツあるある、さらには「日本全体が巨大なショッピングモールのよう」と感じる都会の忙しなさとの対比など、日常の小さな気づきが丁寧に記されています。
また、ベルリン以外にもラトビア、モンゴル、イタリア、鎌倉などの旅や滞在の思い出が織り交ぜられ、身軽に生きることの大切さや、荷物を少なくしてどこへでも行ける自由さを強調。
もう一つの大きな柱が、母との長年にわたる複雑な関係。幼少期からの確執、母親の暴力的な面や感情的な距離、高校生時代の激しいケンカ、お弁当をゴミ箱に捨てたエピソードなどが赤裸々に語られ、読む人を驚かせるほど率直です。
しかし、母親の死後、著者はその過去を振り返り、「もし平穏な家庭に育っていたら、作家にはなっていなかった」「書くことを与えてくれたのは母からの最大のギフト」と気づきます。
四十九日の間、母のことを書き続けることを「私なりの供養」と位置づけ、母娘の関係が死後も変化し、受け入れへと向かう過程が感動的に描かれています。これを通じて「書くこと」の原点に辿り着く内面的な成長が静かに示されています。
エッセイは短めの章立て「日曜日の静けさ」「母のこと」「お金をかけずに幸せになる」「わが家の味」「双六人生」などで構成され、他愛のない日常の味や工夫、わが家の味、瞑想の言葉「お金のかからない幸せ」など、愛犬との暮らし、夫との関係も織り込まれています。
全体のトーンは著者の小説同様、ほのぼのと温かく、針と糸のように「一針一針、他愛のない日々が希望の物語を紡いでいく」イメージで貫かれています。
多くの人が「日々が愛おしくなる」「人生が少し優しく感じられる」と語るように、飾らない言葉で綴られた珠玉のエッセイです。
ベルリンの魅力に惹かれつつ、母との和解や自分の生き方を見つめ直す過程が、心に静かな余韻を残します。 私の著者に関するイメージは「THE鎌倉」といった感じですが、ベルリンでの生活を知ることで、触発されて生まれたという『とわの庭』を是非よんでみたいと思います。