美食倶楽部 / 林真理子

 表題作の「美食倶楽部」を中心に、女性の欲望・食欲・恋愛・結婚観などがグルメ描写を軸に描かれた3編の短編集です。著者のアンアンで連載のエッセイがまとめられた「美女入門シリーズ」は23冊ありますが、その中でたぶん10冊くらいは読んでいます。そこで語られている「ダイエット&グルメ」が、とても思い出させてくれる内容でありました。

1. 表題作「美食倶楽部」

 主人公は33歳のモデル事務所の女社長・祥子。仕事は成功していて金もあるが、人生最大の楽しみは「食べること」。年下のイケメン恋人がいるものの、性的な関係より食への情熱が圧倒的に強い。気の合う女友達たちと高級レストランを食べ歩き、フランス料理、イタリアン、中華、和食など、ありとあらゆる美食を貪る日々を送っている。

 そんな祥子がある日、仕事で出会った中年建築家・丸岡と関わることに。丸岡は食にほとんど興味がなく、無頓着で質素な食生活を送る男。最初は祥子が「こんな男と付き合う価値ない」と見下すものの、徐々に彼の存在が気になり始める。

 丸岡は祥子の食への執着を「異常」と感じつつも、彼女の会社のために建築の仕事を引き受け、関係が深まっていく。

 物語の後半、祥子は丸岡との関係を深める中で、自分の食への異常な執着が「恋愛や結婚を遠ざけている現実」を突きつけられる。丸岡は祥子を本気で愛していたものの、彼女の食への優先順位の高さに耐えきれず、関係は破綻。

 祥子は再び美食の道に戻り、食べ続けることで心の空白を埋めようとするところで終わる。「食こそが永遠の恋人」という皮肉めいた余韻を残す。

2. 「幻の男」

 広告代理店のエリート男性と、売れっ子流行作家の女性との不倫を描いた短編。男は家庭がありながら、作家の女に夢中になり、彼女のわがままや高飛車な態度に振り回される。

 美食描写は控えめですが、二人が高級レストランで会うシーンが多く、食事が不倫の隠れ蓑として機能。クライマックスで、男は妻に不倫がバレる寸前になり、作家の女に「別れよう」と迫られますが、彼女は平然と「幻の男だったと思って忘れなさい」と突き放す。

 男はすべてを失い、虚無に落ちる結末。不倫の儚さと、女の冷徹さが際立つ話です。

3. 「東京の女性」

 由緒ある高級住宅地を舞台に、地方出身の若い女性が結婚を機に憧れの「東京の女性」になる物語。

 主人公の新妻は、最初は東京の優雅な生活に浮かれますが、姑の陰湿な嫌味や、夫の優柔不断さに苦しむ。美食要素としては、姑が振る舞う伝統的な和食や、近所の料亭での会食が登場し、そこでの会話や空気感が東京上流階級の息苦しさを象徴。

 最後は、主人公が姑との同居生活に耐えきれず、夫に「出て行きたい」と言い出すものの、夫は姑側につき、離婚には至らず「我慢するしかない」という結末。

 地方から来た女性が「東京の女性」になろうとしても、結局は古い家制度や因習に飲み込まれる、という著者らしいシニカルな視点が強く出た作品。

 全体として、「食欲=女の欲望」というテーマが一貫していて、グルメ小説として読んでも楽しめますが、裏側には女性の生きづらさ、結婚の現実、加齢への焦りなどが鋭く描かれています。

 最初にも書きましたが「美女入門シリーズ」で語られるいろいろなエピソードの情景や、さまざまな人間関係、美味しそうなグルメなど。とても思い出せてくれる本書でありました。