日航123便墜落事件 隠された遺体 / 青山透子

 青山透子さん「日航123便墜落の新事実 目撃証言から真相に迫る」「日航123便墜落 圧力隔壁説をくつがえす」に続き3冊目。

 日本航空123便墜落事故(1985年)から39年が経過した時点で新たに浮上した衝撃的な証言や資料を基に、事故の真相に迫るノンフィクション。

 本書では、現在も続いているCVR(コックピットボイスレコーダー)やフライトレコーダーの全面情報開示を求める裁判の進展の中で、事故当日の現場に関わった人物からこれまで公にされていなかった「前代未聞の証言」が得られたことを軸に展開。

 特に注目されるのは、事故機の機長(高濱雅己機長)の遺体に関する記述です。公式記録では機長の遺体は墜落から約2週間後の8月29日に下顎の一部のみ発見されたとされている。

 本書で取り上げられる新資料(事故対応に当たった病院の看護師らがまとめた追悼文集)によると、実は墜落直後(8月13日夜〜14日未明)にすでに機長の遺体が自衛隊ヘリなどで運び込まれ、遺体安置所で確認されていたという。

 その際、遺体は衣服を着ていない全裸の状態で発見・処理されており、検視や清拭が行われた後、公式発表よりはるかに早く極秘裏に扱われていた可能性を指摘しており、事故原因に関する何らかの証拠隠滅や情報統制を図る意図があったのではないか、という著者の推察につながっています。

 さらに、日本航空、行政機関、メディアが複雑に絡み合う中で、遺族が長年求めてきた真相究明が妨げられてきた経緯や、社会として「当たり前の真実」を明らかにできない構造的な闇も描かれています。

 裁判資料、関係者証言、専門家の見解を積み重ね、単なる航空事故ではなく、何らかの作為や隠蔽が関与した「事件」である可能性を強く示唆。全体として、著者の一貫した真相追求の姿勢が感じられる一冊で、既存の公式報告(圧力隔壁破損による事故)を疑問視し、新事実をもとに再検証に迫る、前書2冊同様の内容になっています。

 1971年(昭和46年)7月30日に発生した全日空機雫石衝突事故(全日空58便と航空自衛隊F-86F戦闘機の空中衝突事故)にも触れていました。

 全日本空輸(全日空)のボーイング727型機(58便、札幌発羽田行き)が、訓練飛行中の航空自衛隊松島基地所属のF-86F戦闘機と空中衝突。自衛隊機のパイロット(訓練生)はパラシュートで脱出し無事だった。

 全日空機は空中で大破・炎上し墜落。乗客155名+乗員7名、計162名が全員死亡。これは当時の日本国内最悪の航空事故だった。

 公式調査では、自衛隊機が民間機の航路に侵入し、衝突回避措置を適切に取らなかったことが主因とされ、自衛隊側の過失が強く指摘された。自衛隊に対する国民の強い批判を招き、防衛庁・自衛隊の訓練方法や民間航空との調整体制が見直されるきっかけとなった。

 日航123便事故を単なる「ボーイング社の圧力隔壁修理ミスによる事故」ではなく、何らかの作為・隠蔽・軍事的な関与の可能性を指摘する可能性があり、その論拠の一つとして過去の自衛隊関連航空事故を引き合いに出しています。

 雫石事故では、自衛隊機が民間旅客機と衝突したにもかかわらず、自衛隊パイロットは生き残り、全日空側が全員犠牲になったという「不均衡な結果」が、123便の隠蔽に繋がったのではないかと説いています。

 また「自衛隊が民間機を仮想敵機として訓練」していたという例や証言をたくさん紹介しています。この「仮想敵機」という発想・伝統こそが、雫石事故の原因となり、123便の事故にも繋がったのではないかという。

 著者の公式なプロフィールは伏せていますがWikiによると、1982年JALに入社と書いてあるので、大卒で入社したとすれば現在は66歳くらいだろうか。著者は元CAで、事故で亡くなった犠牲になった先輩たちの真相を解明するために、退社後東京大学の大学院に入学し執筆するようになった人です。

 著書は2010年(たぶん40歳)に始まり、2024年までに8冊も刊行しており、すべて日航123便の事故関連です。わたしはまだ3冊目ですが、ここまできたら、全部読もうと思います。前著のアウトプットでは著者の本は7冊と書きましたが、8冊の間違いだったことをこの場をお借りしてお詫びさせていただきます。(笑)