2014年に愛媛県で起きた実際の集団暴行殺人事件を、モチーフにしたフィクションです。三世代の女性たちを中心に、母と娘の関係がもたらす負の連鎖と歪んだ愛を描いた、とても重い作品でございました。
愛媛県伊予市の小さな町を舞台に展開します。主人公の一人、越智美智子は、厳格で冷たい父親の下で育ち、父親の死後、母親が連れてきた男たちから性的な視線を向けられ、母親からは嫉妬と無関心しか得られない。
そんな環境で愛を知らずに育った美智子は、男を信用せず、感情に頼らない生き方を決意しますが、中学時代に家を出てからは、男たちとの情のない関係を繰り返し、金を貯めながら生きていく。
何度か妊娠・中絶を繰り返した後、1977年8月に初めて娘を出産。それが越智エリカ。美智子は娘に希望を抱くが、自分の母親と同じように男に頼る生き方を繰り返し、スナックを経営しながらエリカを育てるものの、愛情は歪んだ形でしか表現できず、エリカを放置したり、依存したりする。
エリカは、そんな母親から愛されず育ち、町から逃げ出したいと願いながらも、母親の存在に縛られ続ける。エリカ自身も予期せず妊娠し、娘を産む。エリカは母親に愛されなかった反動から、賑やかで誰でも集まれる「家族」のような家を作ろうとしますが、そこにルールはなく、子供たちや若者たちが自由に出入りする無法地帯のような空間になる。
エリカは疑似家族を形成し、そこで母性のようなものを発揮、それが次第に暴走し、嫉妬や執着が絡み、自分の娘に対して矛先が向かう。
物語のクライマックスは、うだるような暑さの八月、ある団地の一室で起きた悲惨な事件。エリカの家に集まる子供たちのグループが暴走し、エリカの娘を標的にした暴行がエスカレート。それを助けようとした女子高生が巻き込まれ、集団による残虐な暴行の末に殺害されてしまう。
事件は、エリカの歪んだ母性と、血のつながりのない「家族」の崩壊が引き起こした惨劇として描かれています。しかし、物語はそこで終わらない。
エピローグでエリカの娘(三世代目)が登場します。彼女は母親の負の連鎖を強く拒絶し、母の願い(おそらく依存や繰り返しの要求)に対して、明確に「NO」と答え、鎖を断ち切る強い意志を示す。
このラストシーンは、絶望の連続の中で唯一の希望の光として、読んだ人に救いと元気を与えるものとなっています。
母性の闇と再生の可能性を深く掘り下げており、読後感は非常に重く、胸が締め付けられるような内容でございました。
印象的だったは、エリカの圧倒的な女としての魅力、そして香り。「団地」と呼ばれるたまり場の雰囲気だろうか。
私も高校時代、たまり場の様なところに出入りしていましたが、そこには「女」はいなかったので、もし女がいたらどんな感じだったのか。そして、その女が、エリカの様に妖艶でバニラの香りを振りまいていたら、どんなだったのだろう。自分の40年前の高校時代を妄想させてくれる本書でありました。