本書は、わたしたちの心がなぜ「存在しない脅威」や「架空の敵」を作り上げてしまうのかを、認知科学の視点から解き明かしている感じでしょうか。
著者が中心に据えるのは「プロジェクション」という心の働きです。「プロジェクション」とは、自分の内側にある感情、記憶、イメージを、無意識に外の世界に重ねてしまう仕組み。
このプロジェクションは本来、創造性や共感の源でもある。例えば、好きなアイドルや二次元のキャラクターに自分の理想や願いを投影することで、心は豊かになり、生きる意味を見出せる。
こうしたポジティブな投影は「イマジナリー・ポジティブ」と呼ばれ、現代の推し活やオタク文化もその健全な現れだと著者は肯定的に捉えています。
しかし、同じ仕組みが逆方向に働くと、心は深い闇に落ちていく。オレオレ詐欺や霊感商法では、加害者が被害者の不安や孤独を巧みに利用し、「今すぐ助からないと大変なことになる」という架空の危機を植え付ける。
脳はそれを本物の脅威だと誤認。陰謀論も同様。社会への不満や生きづらさを「影の組織」や「悪のエリート」が原因だと投影することで、心は一時的に安心を得るが、現実はますます歪んでいく。
陰謀論や反ワクチン運動など、近年広がった極端な信念の多くも、このイマジナリー・ネガティブの典型例として分析しています。
ジェンダーの問題も、投影の産物だという。「男はこうあるべき」「女はこうでなければ」という規範は、誰かが勝手に外に押し付けたイメージにすぎない。それを内面化してしまった人々は、自分自身を傷つけ、他者を攻撃してしまう。
LGBTQ+の人々が受ける苦しみも、ここに深く根ざしていると著者は指摘しています。認知科学の実験や脳イメージングのデータをもとに、著者は「なぜ心はそんなに簡単に騙されるのか」をとても丁寧に説明しています。
鍵は脳の「予測」と「誤差修正」の仕組みであり、脳は常に世界を予測し、少しでもズレがあればそれを埋めようとする。その隙間に、想像上のネガティブが滑り込む。
最後に著者は、「今この瞬間」に意識を集中し、自分の思考や感情、身体の状態などを評価・判断せずに「ありのままに受け入れる心」のあり方や、メタ認知(自分の思考を客観視する力)を鍛えることで、投影の暴走を食い止め、自分にとって本当に大切なものを見極められるようになると説いてます。
プロジェクションと聞くと、すぐ思う浮かぶのは「プロジェクションマッピング」だろうか。プロジェクターを使ってやるからそう呼ぶのだとばかり思っていましたが、こういう意味もあるのかと、知れたことは、少し賢く慣れて良かったです。(笑)