未来の年表 人口減少日本でこれから起きること / 河合雅司

 少子高齢化、日本の未来は暗い。それも具体的に数字をあげられ、危機迫るのもがあります。郊外の住宅地(なんとかニュータウン)って、ある一定の期間で、ある一定の世代が集まり、その世代には子供がいるので、地域の学校はマンモス化。

 しかし、その地域は有る一定の期間で、老人たちの町になります。生まれた家や家族と離れて、よその土地に来て、マイホームを建てる人。自分がやって来たことなので、子供に家に残って欲しいと言えない人たちが多いのでは無いかと思います。

 そのため、老人の町になるのです。私は、昭和55年に盛岡の松園ニュータウンに引っ越ししました。転校先は松園小学校。新学期から全学年の転入生ということで、始業式のとき、ステージに上げられたのが80名おりました。

 その新学期から開校した東松園小学校に、1年生から4年生まで大分転校した話を聞きましたが、全校生徒が1,200名。校庭には去年まで使っていた教室だと、プレハブが5つくらい有った様な覚えがあります。その前にいた、刈屋小学校は全校生徒120名だったので、その10倍。1,200名の全校生徒をみて愕然としたのを40年経った今もよく覚えています。

 話がそれましたが、松園はすっかり老人の町になりました。自治会の存続もままならない状態だと聞きます。その中でも聞くのが、年取ったので町中のマンションに行く。そんな話です。

盛岡市中心部から離れている大規模団地にもかかわらず、行政サービス機能に課題があり、盛岡市役松園連絡所はあるものの、施設的には貧弱である。また、岩手銀行サンタウン松園支店を松園支店に統廃合を行う等、高齢化が進む同ニュータウンの住民にとって僅かながら不便が生じ始めている。

初期の入居者が多い松園2丁目では60歳以上が50%を占め、空き家も増えている。

盛岡中心部から遠く、雪が多く不便という先入観で敬遠され、ニュータウン内では『売家』と看板が出たまま、荒廃が進む空き家が増加傾向にあり、若年ファミリーの転入促進が課題となっている。

松園ニュータウン『ウィキペディア(Wikipedia)』

 本の中でこんな記述がありました。「3戸に1戸が空き家/天空の老人ホーム」空き家に住むくらいなら、町中のマンション。そんな自然の流れが起きても、人口減少でそのうちマンションも空き家だらけに。空いたマンションを使用するのは、老人ホームくらい。そんな図式を紹介しておりました。

 マンションにしても、老朽化により維持管理していくには、管理費を払う入居者がいなければ存続していけないことは、容易に想像出来ます。私は、未だに借家住まいです。仕事柄、親の残した家を解体し土地も処分したい。そういう引き合いを何度か体験しています。夢のマイホーム。ちゃんと子が守り、継続してくれなければ、負の財産になる可能性が有る。それは、再認識させられました。

 読んで決して、楽しい本ではありません。近い将来、確実に来るという認識。そして、背を向けては行けない現実。それは十分、胸に突き刺さるものはありました。

 昭和55年、ワタシが小6のとき、毎週土曜午後のルーチンがありました。「エンドーチェーンで、モンチッチとじゃんけん。」そして鉛筆をもらう。鉛筆をもらって喜ぶなんて、幸せな時代でしたね。

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