高校に入学したものの、クラスの輪にうまく馴染めず、周囲を冷めた目で観察しながら孤独を抱える女子高生、初実(ハツ)。ハツの日常は、彼女と同じくクラスで孤立している男子生徒、にな川の存在によって動き出します。にな川は、あるモデルである「オリチャン」の熱狂的なファンであり、その情熱的な執着が彼のアイデンティティになっています。
ある日、ハツが中学時代に偶然オリチャンと会ったことがあると知ったにな川は、それをきっかけにハツへ話しかけ、二人の間に、友情とも恋愛とも違う、ねじれた交流が始まります。
ハツは、オリチャンにのめり込むにな川を観察し、その無防備な姿に、自分自身の思春期特有の複雑な感情や、どこにも所属できない孤独感と重ね合わせるようになります。そして、ハツの心の中には、「この、もの哀しく丸まった、無防備な背中を蹴りたい。痛がるにな川を見たい」という強い衝動が湧き上がる。
この衝動は、ハツが抱える、他者との関係性に対する苛立ち、羨望、そして自己への嫌悪が混ざり合った、説明のつかない感情の表れだった。
物語は、にな川が手に入れたオリチャンのライブチケットを、ハツと彼女の旧友である絹代を誘って3人で観に行くという展開に。
ライブ後、にな川が漏らした「オリチャンを一番遠くに感じた」という諦念の言葉は、ハツの自意識と孤独感に響き、二人の不器用でいびつな共鳴は深まります。
本作は、思春期特有の居場所のなさ、そして自分でもコントロールできない「蹴りたい」という衝動を通して、自己と他者の間に存在する微妙な距離感と、その中で生きる少女の不安定な心理を繊細に描き出していある感じでしょうか。
本書は2004年、第130回芥川龍之介賞受賞を、当時19歳だった著者と、20歳だった金原ひとみの「蛇にピアス」と同時受賞だったので、記者会見の光景はなんとなく覚えていますが、読んだのは多分初めてのような気がします。
苛立つ関係で、湧き上がる嫌悪感。そして「背中を蹴りたい」という衝動。私はそんな感情になった覚えがありませんが、言葉で説明できないような感情になったとき「蹴りたい背中」という、キーワードを思い出そうと思います。