死という最後の未来 /石原慎太郎,曽野綾子

石原慎太郎キャンペーンにハマり読みまくり。笑

キリスト教を信仰する曽野綾子。

法華経を哲学とする石原慎太郎。

信仰する宗教が違う。そんな、

死生観をもつ二人が「老い」や「死」について。

死ぬということ。今、生きている意味。

そんなことについて赤裸々に語る。

死に関して正解など存在しない。

だから今を一生懸命生きるべきだという。

先日「弟/石原慎太郎」を読んだばかりなので、

弟の死に対する接し方や、思想など。

頭にとても残っていたので、とても心に染みる内容でありました。

過剰看護は患者を苦しめる。

「死」という喪失感を味わいたくない欲求。

周りのモノは延命してあげるという満足感。

しかし、死んでいくものは苦しむだけ。

それを長引かせる。

「弟/石原慎太郎」でも兄は最後、弟の死を望んでいた。

私の父も生前こんなことを言っていた。

「延命治療は社会の悪」

延命治療はしていないつもりだったが、最期は半年も入院生活をさせてしまった。生前、父と酒を酌み交わすこともあった私は、もっと早く逝かせてあげればよかった。そんな風に思っている。笑

「死」という「未知」な世界。

誰もが訪れるはずなのに、

深く語れるものはいないし、

体験談も存在しない。

宗教により、死んだあとの状態は千差万別です。

それくらい、誰も知らない世界です。

私も父の残してくれた人脈により、

90歳オーバーの人と話すことがある。

みな口にすることは「死」

いつ死ぬのか。

なぜ、自分は死なないのか。

寝たきりにならず、飲食も自由。

そこそこ、自分でなんでも出来る。

そしてそんなことを語れる状態をキープ。

それこそ、まさに幸せなのでは。

いつ人生を全うしても良いのだろう。

理想的なPPK(ピンピンコロリ)

そんなことを考えさせられる。笑

先日、世間話で私が寝たきりになったなら。

そんな話をする機会があった。笑

とりあえず長くて、邪魔くさそうなので足を切ってもらおう。

そんなことより、ピンピンコロリ。笑

私はあと何年生きるかわかりませんが、

「死」について。

とても考えさせられる1冊でありました。

15 th in February / 41 th in 2023